2022年4月18日(月)

 最近のもっぱらの楽しみは、NHKオンデマンドで連続テレビ小説を視聴することで、数作品を並行して見ている。NHKオンデマンドで配信されている作品は主に2000年代以降の20作品程度で、作品ごとに配信期間が決められているためいつまでも見ることができるわけではない。

 昨日『スカーレット』(第101作・2019〜2020年)を視聴し終えた。すばらしい作品だった。とはいえ、今年に入ってから見終えた『おかえりモネ』(第104作)、『ちりとてちん』(第77作)、『なつぞら』(第100作)、『カムカムエヴリバディ』(第105作)のどれもすばらしいと感じたし、現在見ている『ちゅらさん』(第64作)、『ゲゲゲの女房』(第82作)もおもしろく見ているので、私の判定はかなり甘いと思う。まだ始まったばかりの『ちむどんどん』(第106作)と『半分、青い。』(第98作)は少し不安な気持ちになるときがあるがおもしろくなるのを期待して見ている。

 さて、『スカーレット』に話を戻すと、先に述べたとおりすばらしい物語で、個人的に大切な作品となった。主人公である陶芸家・川原喜美子の生き様に強く胸を打たれ、喜美子を中盤過ぎから「川原さん」、終盤では「川原先生」と心の中で呼ぶようになっていた。畏怖の念からである。

 物語をリアルに描くことへのこだわりを感じる作品だった。時代とともに実家の家電や家具が増えていく様や、下駄のすり減り具合などの表面的な部分はもちろんのこと、説明的でなく自然なセリフや徹底した人物造形など、作品を形作るものすべてからリアリティを感じることができる。ヒロインを演じる戸田恵梨香、いや戸田先生の演技も真に迫った凄みを感じさせるもので、視聴中に何度も心が揺さぶられて大変だった。

 このテキストは広く読まれることのない備忘録だから、ネタバレ的なことに配慮せず個人的にすごいと思った場面を1つ挙げる(1つどころか10個に絞ることも難しいのだが、ちょうどさっき見返していて、あらためてすごいな〜、と思った場面)。

 それは物語の後半である第132話。体に異変を感じた喜美子の息子・武志(伊藤健太郎)の検査結果を、喜美子が医師(稲垣吾郎)から告げられる場面だ。病名は慢性骨髄性白血病で、第132話の当時(1983年)に白血病と宣告される衝撃の大きさは、有効な治療法が見つかった現代とは比ぶべくもないだろう(もちろん、現代でも依然軽い病気ではないが)。

 さすがは朝ドラ歴代屈指のタフさとも評される喜美子(私は他の作品と比較できるほど朝ドラを見ていないが、かなりタフな人物なことは間違いない)、医師に治療法などについて質問をしたり、説明を静かに聞くなど、動揺は隠せないながらも気丈に振る舞う。だが、話を聞けば聞くほど絶望は深まっていく。戸田恵梨香の演技は抑制の利いたもので、苦痛や悲しみに表情を歪ませるようなことはしない。しかし、声を発するまでの間のとり方、微かな幅の表情の変化、なんとか絞り出すように発する言葉の抑揚で、受け止めきれない大きな気持ちを表現する。

 全編を通して、涙に頼ることを意図的に避けてきたような印象の本作だけに、ここでも喜美子は涙を見せないんだな、と思っていると、うつむく喜美子を真横からとらえたカットで、喜美子の目に涙がたまっていることに気づいた。気づいたときには、すでに涙はこぼれ落ちる寸前にまで膨らんでいる。うつむいているから、涙は頬を伝うことなく目から真下に静かにこぼれ落ちていった。それまでに目をうるませる様などを映していなかったこともあり、この検査結果を告げられるシーンでカメラがとらえた喜美子の涙は、このたった一滴だけだ。

 『スカーレット』はこのような瞬間が無数に散りばめられた傑作だが、NHKオンデマンドでの配信期間は今年の9月までとなっている。確定申告の還付金が入金されたらDVD BOXを買おうか検討である。